2012年4月15日日曜日

心にドラゴンを、街には川を。

徐々に、フランスでの生活が思い出になりつつある。
ついこの間までは、生々しい過去の体験だったけど、それが思い出として遥かに想いを馳せる存在になっている。

私がフランスにいる2年の間に、一番精神的なショックを与えた出来事は、パリであったスリでもなく、書類を紛失されたことでもなく、やっぱり東日本大震災のことだった。幸いにして自分の家族・友人はみんな無事だったけれど、3月11日から7月上旬に両親がフランスに来てくれるまでは、なんともこらえきれない不安からあまりよく眠れない日々が続いた。また、震災から一年経ったものの、未だに震災は過去の出来事ではなくまだ闘っているという被災者の方もいて、一刻も早く復興が進むことを祈るばかりだ。

震災のニュースが日本のメディアでもあまり騒がれなくなった去年の11月頃に私たちのイギリス移住が決まり、私のストレスはピークに達した。ただでさえ11月12月のパリはどんよりと曇った寒い日が多くて気分が沈みがちになるのに、息子が風邪を引いたのを皮切りに私、夫の順で風邪をこじらせていき、解熱剤を片手に引っ越し、ビザの準備など諸々のことを片付けなくてはならなかったのは精神的にキツく、全てを投げ出してしまいたい思いだった。

苦行のような日々の中、私はなぜかブータン国王夫妻来日のニュースに毎日ウキウキしていた。単純な私は、ネット上のニュースと写真だけで国王夫妻の大ファンになり、国王が福島の小学校を訪れ子供たちに「ドラゴンって見たことある?私はありますよ。人の心にはそれぞれドラゴンが住んでいて、そのドラゴンは経験を食べて大きくなっていくんですよ。」とブータンに伝わるドラゴンの伝説を披露していたとき、私は目をハートにしてNHKの動画ニュースを見入っていた。

そんなある日の夕方、セーヌ川沿いをバスで移動したときだった。すでに暗くなり始めたサン・ミシェル地区からルーブル地区にかけての風景が息をのむほど美しくて、一瞬全ての日常の疲労感から解放された。背が高いマロニエの木の上のほうにはまだ黄色くなった葉が残っていて、それが薄紫色に暗くなった空の色に映えていた。パリ郊外の生活はストレス続きだったためか、こういう美しい風景がすぐそこにあったということにもほとんど気がつかなかったのだ。

今、パリ郊外での生活を思い出そうとすると、その冬の夕暮れ時のセーヌ川沿いのイメージが浮かんでくる。そのイメージは、すぐさま私が愛用するタロットカード、タロー・デ・パリのエイト・オブ・ファイアー(8 of Fire)の絵柄を思い起こさせた。このカードにあるドラゴンは、右下の背景に描かれた建物(シテ島にあるコンシエルジュ)の位置から考えると正に私が心を奪われたセーヌ川沿い上空に現れているし、またこのカードは「前進」という意味が込められている!


心の中のドラゴンは、いつでも見えるという訳ではないと思う。日常の生活に追われ、毎日クタクタになって突っ走っていると見えない。ちょっとそのスピードを緩めて、一人でほっとひと息ついた時に、ふと現れるのだ。

タロー・デ・パリの制作者であるフィリップ・トーマス氏は、パリには延々と流れる歴史の中で、人類に共通する集合的無意識がパリに集まっているのではないだろうか、と考えているようだ。もしそれが本当なら、パリがいかに醜悪な面をさらそうとも、パリはいつでも世界中の人々を魅了し、「またパリに行きたい」というマゾヒストがいるのも納得がいく。

セーヌ川沿いの風景は、明らかにパワースポットだと思う。昔ラジオのJ-Waveでバイオリニストの葉加瀬太郎さんが、パリのカフェで働く日本人のギャルソンにインタビューした番組を聞いたことがあるのだが、そこでその彼も「仕事でクタクタに疲れて帰宅しようと
深夜過ぎにふとセーヌ川沿いを歩くと、その美しさに圧倒される。その風景を見るとまた明日がんばろうという気になれる」と話していた。また、パリで知り合った私の友人も同じことを言っていた。

「川」がある風景は、いつも人の心を捉える。今私の住むケンブリッジにはケム川というのどかな川があって、いつもカヌーやボートがゆったりと行き交う。「川」は「龍」の化身でもあり、その「龍」を大切に育ててきた街は、何千年もの間繁栄してきた。津波で人間に牙を向けた多くの河川も、今はのどかな流れを取り戻していることだろう。そして、その街を去った人々の魂をその流れに乗せて、また街に帰ってきているのかもしれない。

今更ながら、今年の干支は『辰』。ちょうどイギリスで新生活を始めるにあたったこの年に、何か辛いことや苦しいことがあったら、このドラゴンが舞うセーヌ川沿いのイメージを心に浮かべようと思う。

イギリスに来て驚いたことは、毎日いろんな場所で子供向けのプレイグループ(親子教室)が開かれていることだ。フランスではあまり見かけなかったことなので、私は暇さえあれば息子とプレイグループに参加している。そこで毎回歌う童謡がある。短い歌だけれど、なかなか意味が深くて好きだ。

Row, row, row your boat, 
Gently down your stream.
Merrily, merrily, merrily, merrily,
Life is but a dream.

ボートを漕ごうよ、
ゆっくりと流れに乗って。
陽気に楽しく、
人生はただの夢。

0 件のコメント:

コメントを投稿