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2011年3月13日日曜日
2011年2月27日日曜日
仏検準一級に合格。
日本では合格証が先週の金曜日頃受験者に送られたようだったけど、パリで受験した私には、暫くなんの音沙汰もなく…。フランスの郵便事情のせいなのかも、と考えたりやきもきしていたので、パリ受験を統括している日本人会に電話したら、「あ、昨日発送したので、明日ぐらいには着くと思います!」との返事。で、そのお達しのとおり、次の日合格証が届いていた。フランスに住み始めて1年ちょい経ったけど、まだ大きな郵便トラブルを経験していない私はラッキーだと思う。
合格証を手にして、とうとう準一級まで来たか!という達成感が60%で、あとの40%は、今回も自分の英語力に助けられて受かった、という反省というかすっきりしない気分。そろそろ英語の文法構文にフランス語の単語を当てはめて話す癖を本気で抜かないとまずい。今回も合格点ぎりぎりで受かっていたのだけど、一歩外に出てフランス社会に触れると、おでこに「努力を要す」というハンコをぺたっと押されたような気分になる。
でも今回も絶対落ちた、と思っていた。日本の時事問題が出ると聞いていたので、中国関連とか、子育て関係、民主党の動きなどいろいろと考えていたのだけど、問題を受け取ったときに、一問目の質問が全く理解できずに面食らった。単語すらも解らず、二問目の質問でスピーチを考えるしかなかった。一問目はRomsという単語があったので、どうやらロマ人の受け入れ問題についてだったような気がするのだが、フランスの時事問題が出るなんて寝耳に水だった。パリで受験する人はフランス生活が長いから、という配慮だったのかもしれないけど、そんな配慮は私には無用だった…。しかも、日本では私が予想した中国関連の問題が出ていたようで、チッと舌打ちしてしまった。
で、私が選んだ2問目とは「若い人が新聞を読まなくなってきている。どう思いますか?」みたいなタイトルだった。(はっきり覚えていないところが私のフランス語のあやふやさを示している)緊張していたのと風邪を引いていたのが重なり、「グヴェルヌマン」と発音するべきgouvernement(政府)という単語が何度か英語の発音ぽくなり、言い直そうと四苦八苦していると試験官から「グヴェルヌマン。」と助け舟が出たり…。
ほんと、棚からぼたもちでもらえた「合格」だった。次は一級に行く前にDELFで鍛え直そう。
合格証を手にして、とうとう準一級まで来たか!という達成感が60%で、あとの40%は、今回も自分の英語力に助けられて受かった、という反省というかすっきりしない気分。そろそろ英語の文法構文にフランス語の単語を当てはめて話す癖を本気で抜かないとまずい。今回も合格点ぎりぎりで受かっていたのだけど、一歩外に出てフランス社会に触れると、おでこに「努力を要す」というハンコをぺたっと押されたような気分になる。
でも今回も絶対落ちた、と思っていた。日本の時事問題が出ると聞いていたので、中国関連とか、子育て関係、民主党の動きなどいろいろと考えていたのだけど、問題を受け取ったときに、一問目の質問が全く理解できずに面食らった。単語すらも解らず、二問目の質問でスピーチを考えるしかなかった。一問目はRomsという単語があったので、どうやらロマ人の受け入れ問題についてだったような気がするのだが、フランスの時事問題が出るなんて寝耳に水だった。パリで受験する人はフランス生活が長いから、という配慮だったのかもしれないけど、そんな配慮は私には無用だった…。しかも、日本では私が予想した中国関連の問題が出ていたようで、チッと舌打ちしてしまった。
で、私が選んだ2問目とは「若い人が新聞を読まなくなってきている。どう思いますか?」みたいなタイトルだった。(はっきり覚えていないところが私のフランス語のあやふやさを示している)緊張していたのと風邪を引いていたのが重なり、「グヴェルヌマン」と発音するべきgouvernement(政府)という単語が何度か英語の発音ぽくなり、言い直そうと四苦八苦していると試験官から「グヴェルヌマン。」と助け舟が出たり…。
ほんと、棚からぼたもちでもらえた「合格」だった。次は一級に行く前にDELFで鍛え直そう。
2011年1月11日火曜日
イギリスの大学もここまできたのか…。
アラン・ド・ボトンが書いた、 イギリスの大学における人文科目教育の衰退問題について書かれた論評に興味を持った。私がイギリスの大学に籍を置いていた90年代、すでに学生の文系科目離れが目立っていて、日本で英文学科専攻だった私は、とりあえず名前の通った私大だったため、就職にもあまり不利(特に有利ということもなかったけど)とはならず、日本に生まれて幸せだなぁと思ったものである。筆者アラン・ド・ボトンという哲学者を今回初めて知ったけど、鋭い視点で大学教育について述べている。
読んでいて、ドキリとしたのはこの部分。
However, right now, at this difficult moment in the history of British universities, there is a need to acknowledge that at least some of the woes that have befallen academics is squarely their own fault. To put it at its simplest, academics in the humanities have failed to explain why what they do should matter so much. They've failed to explain to the government, but this really only means "us" - the public at large.
(抄訳)
「 しかしながら、英国の大学史上困難な時期にある現在、少なくとも人文科目の学者にふりかかる災難は、明らかに自分たちの落ち度であると認める必要がある。簡潔に言い換えるなら、学者たちは、自分たちの仕事がなぜ社会に重要なことなのかについて十分に説明しそこねた。政府に説明しなかっただけでなく、さらに言えば『私たち』つまり『公に』向かってもそういった説明をしてこなかったのだ。」
人文科目(哲学、文学、アート論)の研究が社会にとって重要だというだけでなく、それがどうして重要かを十分に議論するなんて、可能なのだろうか?凡人の私には「なんとなく重要」としか言いようがないのだけど。
この問題は、イギリスだけでなく世界的な問題だと思う。日本でも、フランスでも、アメリカでも。とりあえず、私は息子に「なんで本を読まなきゃダメなの?」と質問されたときの答えを今からゆっくり準備しておこう。
読んでいて、ドキリとしたのはこの部分。
However, right now, at this difficult moment in the history of British universities, there is a need to acknowledge that at least some of the woes that have befallen academics is squarely their own fault. To put it at its simplest, academics in the humanities have failed to explain why what they do should matter so much. They've failed to explain to the government, but this really only means "us" - the public at large.
(抄訳)
「 しかしながら、英国の大学史上困難な時期にある現在、少なくとも人文科目の学者にふりかかる災難は、明らかに自分たちの落ち度であると認める必要がある。簡潔に言い換えるなら、学者たちは、自分たちの仕事がなぜ社会に重要なことなのかについて十分に説明しそこねた。政府に説明しなかっただけでなく、さらに言えば『私たち』つまり『公に』向かってもそういった説明をしてこなかったのだ。」
人文科目(哲学、文学、アート論)の研究が社会にとって重要だというだけでなく、それがどうして重要かを十分に議論するなんて、可能なのだろうか?凡人の私には「なんとなく重要」としか言いようがないのだけど。
この問題は、イギリスだけでなく世界的な問題だと思う。日本でも、フランスでも、アメリカでも。とりあえず、私は息子に「なんで本を読まなきゃダメなの?」と質問されたときの答えを今からゆっくり準備しておこう。
2011年1月9日日曜日
産業スパイ
え、ルノーに産業スパイが!中国に電気自動車の機密を盗まれたって?
結局「中国」に機密が漏れたのかどうかははっきりしないままになってしまったけど、この話題で「中国」のことが囁かれるなんて、ちょっと必要以上に騒ぎ過ぎているような気がする…。たしかに、中国は日本にとってもいろんな意味で脅威なのだけど、フランスがそれを言える立場にあるのかなぁ…と疑問に思った今日この頃。
毎日新聞によると、フランスメディアは「中国に産業スパイの慣習がある」と騒いでいるらしいが、実は、1月8日付けのルモンドにWikiLeaksが発信元の面白い記事が載っている。
以下、一部抜粋。
La France, plus encore que la Chine et la Russie, serait le pays le plus actif en matière d'espionnage industriel chez ses alliés européens.
フランスは、中国・ロシアよりも、EUの中で産業スパイ活動が最も活発な国かもしれない。
"La France est l'empire du mal en ce qui concerne le vol de technologies, et l'Allemagne le sait"
「フランスは、テクノロジーを盗むことに関しては悪の帝国であり、ドイツはそれを知っている。」
Wikeleaksって、やっぱりすごいかも。
結局「中国」に機密が漏れたのかどうかははっきりしないままになってしまったけど、この話題で「中国」のことが囁かれるなんて、ちょっと必要以上に騒ぎ過ぎているような気がする…。たしかに、中国は日本にとってもいろんな意味で脅威なのだけど、フランスがそれを言える立場にあるのかなぁ…と疑問に思った今日この頃。
毎日新聞によると、フランスメディアは「中国に産業スパイの慣習がある」と騒いでいるらしいが、実は、1月8日付けのルモンドにWikiLeaksが発信元の面白い記事が載っている。
以下、一部抜粋。
La France, plus encore que la Chine et la Russie, serait le pays le plus actif en matière d'espionnage industriel chez ses alliés européens.
フランスは、中国・ロシアよりも、EUの中で産業スパイ活動が最も活発な国かもしれない。
"La France est l'empire du mal en ce qui concerne le vol de technologies, et l'Allemagne le sait"
「フランスは、テクノロジーを盗むことに関しては悪の帝国であり、ドイツはそれを知っている。」
Wikeleaksって、やっぱりすごいかも。
2011年1月5日水曜日
今年の漢字は「自」
今年の私の目標は、「人と比べない」。漢字一字で表すなら「自」。
人と他人を比べての自分ではなく、「自ら」の視点で自分を評価すること。
昨日1月4日は、日食と山羊座の新月が重なるという占星術的にはパワフルな日だったそうで、そのせいかは分らないけれど、私は昨日ちょっとしたことで気落ちしてしまい、何もやる気が起きなくなった。仕事から帰宅した夫に、「ごめん、今日は夕飯が作れない…。」と切り出したら、夫はさらりと「いいよー、パンとチーズ食べるから。」と言ってくれた。(最近夫は仕事がうまくいっていて、比較的機嫌がよい)とにもかくにも、夫に心底感謝した日でもある。
さて、昨晩はゆっくり寝て、今日は息子を散歩に連れて行ったり、たまった家事を片付けたりと、とりあえずすっきりしない気分のまま、やれることだけをやり…。そしてふと、自分のモヤモヤの原因は、自分を人と比べてしまうことだと気がついた。
去年後半からずっと気にしていたのだけど、一歳半になった息子がまだ歩かない。 「遅い子もいるから心配しないで」というのが親や友達、インターネットを通しての情報だったけど、先月一年半検診に行ったら、小児科の先生に「この月齢で歩かないなんて、おかしい!」とばっさり切り捨てられたときには、ショックだった。(日本の先生だったら、もうすこしオブラートに包んだような言い方しないかなーと思ったりもした)
夫も気にするな、と気遣ってくれ、息子もなんだかんだ言っても楽しそうにつかまり立ちをしているので、気にしないようにしていたのだけど、昨日ふとしたことで、うちの子と他の子を比較する「負のスパイラル」がスタートし、とうとう何も手がつかなくなるまで落ち込んだ。
自分の息子を他の子と比較すると、結局母親である自分を責め、自分はなんてダメな母親なんだろうと、自分の悪い所ばかりに目についてしまう。
「自分の視点で自分を評価する」という目標は、私のためにたてた目標だけれど、しいては息子のためでもある。息子にも、息子らしく育っていってほしいから。
人と他人を比べての自分ではなく、「自ら」の視点で自分を評価すること。
昨日1月4日は、日食と山羊座の新月が重なるという占星術的にはパワフルな日だったそうで、そのせいかは分らないけれど、私は昨日ちょっとしたことで気落ちしてしまい、何もやる気が起きなくなった。仕事から帰宅した夫に、「ごめん、今日は夕飯が作れない…。」と切り出したら、夫はさらりと「いいよー、パンとチーズ食べるから。」と言ってくれた。(最近夫は仕事がうまくいっていて、比較的機嫌がよい)とにもかくにも、夫に心底感謝した日でもある。
さて、昨晩はゆっくり寝て、今日は息子を散歩に連れて行ったり、たまった家事を片付けたりと、とりあえずすっきりしない気分のまま、やれることだけをやり…。そしてふと、自分のモヤモヤの原因は、自分を人と比べてしまうことだと気がついた。
去年後半からずっと気にしていたのだけど、一歳半になった息子がまだ歩かない。 「遅い子もいるから心配しないで」というのが親や友達、インターネットを通しての情報だったけど、先月一年半検診に行ったら、小児科の先生に「この月齢で歩かないなんて、おかしい!」とばっさり切り捨てられたときには、ショックだった。(日本の先生だったら、もうすこしオブラートに包んだような言い方しないかなーと思ったりもした)
夫も気にするな、と気遣ってくれ、息子もなんだかんだ言っても楽しそうにつかまり立ちをしているので、気にしないようにしていたのだけど、昨日ふとしたことで、うちの子と他の子を比較する「負のスパイラル」がスタートし、とうとう何も手がつかなくなるまで落ち込んだ。
自分の息子を他の子と比較すると、結局母親である自分を責め、自分はなんてダメな母親なんだろうと、自分の悪い所ばかりに目についてしまう。
「自分の視点で自分を評価する」という目標は、私のためにたてた目標だけれど、しいては息子のためでもある。息子にも、息子らしく育っていってほしいから。
2010年12月31日金曜日
2010年を振り返って
今年の夏後半から、暫くブログが書けませんでした。
書く気力も湧いてきませんでした。
ほんと、書くことを生業としているプロの方々はすごいなーと思いました。
書くことで、自分の気持ちを整理したり、自分を客観的に見る事が出来る訳だけれども、私が書けなくなった理由は、やっぱり私自身に人からよく見られたいという「虚栄心」が埋蔵されていたからでしょう。埋蔵ぐらいだったら別に誰でもあるかなぁと思うのだけど、私の場合は、それが表面化してしまっていた、ということだったと思います。
「人によく見られたい」と思うから、自分の生活が「かっこ悪いな」と思うと、自分のフランスでの生活について何も語ることができなくなってしまいました。
そうなんです。日本では、フランス生活、パリ生活、というとかならずのしをつけたように枕詞のように出てくる言葉が「おしゃれ」という言葉。そういうステレオタイプなイメージが嫌で、このブログを始めたけれど、途中それに自分が負けていました。ブログに書く自分の生活は、「へえ、かっこいい生活しているんだ」と思われたい虚栄心に満ちていたと思います。
12月になってから、パリで日本人の女性とお友達になりました。
きっかけは、「Sur la route d'okinawa 北海道から沖縄まで」というフランスで放映された日本についてのドキュメンタリーを一緒に見て、お互い共感したことです。この作品には、日本についての偏見をやさしく溶かしてくれるエネルギーがありました。
その流れで、彼女がこんな事を言っていたのが印象に残っています。
「自分の中の偏見が一番・敵なんです。」
私にも、今いろんな偏見があります。フランス人に対する偏見、フランス社会に対する偏見、フランス国内の日本人社会に対する偏見etc...
でも、今日2010年大晦日、こうした偏見に閉じこもる自分ではなく、その向こう側にあるものを実際に自分で探検しにいく勇気を持とうと思いました。そして、別に「人からかっこいいって思われなくてもいいじゃん」と開き直りました。
自分の偏見の向こう側に行くこと、また自分を虚飾せず「裸」でいること。そういう行動をとることは、危険が待ち構えているかもしれないし、もしかしたら楽園かもしれない。どっちにしろ、ドキドキアドベンチャー!って感じですね。
除夜の鐘が無いフランスですが、日本人の私には、除夜の鐘の音を心に鳴り響かせるのは簡単なことです。その鐘の音とともに、2010年に私が培って来た様々な偏見と虚栄を手放します。
書く気力も湧いてきませんでした。
ほんと、書くことを生業としているプロの方々はすごいなーと思いました。
書くことで、自分の気持ちを整理したり、自分を客観的に見る事が出来る訳だけれども、私が書けなくなった理由は、やっぱり私自身に人からよく見られたいという「虚栄心」が埋蔵されていたからでしょう。埋蔵ぐらいだったら別に誰でもあるかなぁと思うのだけど、私の場合は、それが表面化してしまっていた、ということだったと思います。
「人によく見られたい」と思うから、自分の生活が「かっこ悪いな」と思うと、自分のフランスでの生活について何も語ることができなくなってしまいました。
そうなんです。日本では、フランス生活、パリ生活、というとかならずのしをつけたように枕詞のように出てくる言葉が「おしゃれ」という言葉。そういうステレオタイプなイメージが嫌で、このブログを始めたけれど、途中それに自分が負けていました。ブログに書く自分の生活は、「へえ、かっこいい生活しているんだ」と思われたい虚栄心に満ちていたと思います。
12月になってから、パリで日本人の女性とお友達になりました。
きっかけは、「Sur la route d'okinawa 北海道から沖縄まで」というフランスで放映された日本についてのドキュメンタリーを一緒に見て、お互い共感したことです。この作品には、日本についての偏見をやさしく溶かしてくれるエネルギーがありました。
その流れで、彼女がこんな事を言っていたのが印象に残っています。
「自分の中の偏見が一番・敵なんです。」
私にも、今いろんな偏見があります。フランス人に対する偏見、フランス社会に対する偏見、フランス国内の日本人社会に対する偏見etc...
でも、今日2010年大晦日、こうした偏見に閉じこもる自分ではなく、その向こう側にあるものを実際に自分で探検しにいく勇気を持とうと思いました。そして、別に「人からかっこいいって思われなくてもいいじゃん」と開き直りました。
自分の偏見の向こう側に行くこと、また自分を虚飾せず「裸」でいること。そういう行動をとることは、危険が待ち構えているかもしれないし、もしかしたら楽園かもしれない。どっちにしろ、ドキドキアドベンチャー!って感じですね。
除夜の鐘が無いフランスですが、日本人の私には、除夜の鐘の音を心に鳴り響かせるのは簡単なことです。その鐘の音とともに、2010年に私が培って来た様々な偏見と虚栄を手放します。
2010年11月6日土曜日
言葉の壁を超えるには
言葉の壁を超えるには、要は相手に何かを伝えようとする気持ちなんだ、と思った日。
美容院に行ったら、フランス国内で物議を醸し出した村上隆の『ベルサイユ宮殿作品展』のパンフレットを見せてくれた。そこに村上氏の才能に注目したアーティスト(名前は忘れた)が、初めて彼に出会ったときの逸話が載っていた。
1993年、横浜でそのアーティストの展示会があったとき、村上氏は英語もまともに話せず、ただ自分の作品だけを見せに来た。その作品がよかった ので、そのアーティストはアメリカに帰ってから村上氏に一緒に仕事をしようと英語でファックスを送った。村上氏は、その返事を漫画で描いて返信した。さすがアーティスト。
美容院の後、日本からヨーロッパにジュエリーを買い付けに来た方とお茶をした。 「イタリアで買い付けしたときなんんて、イタリア語まったくわからんから、『ディスカウント、プリーズ!』とひたすら叫んだだけだったよ!」と高笑い。
ああ、私って悲しい左脳人間なのかも。私はフランス語を話すとき、どうしても発音とか文法とか、いろいろと考えてしまうのだ。その奥にある気持ちは「間違えたらどうしよう。はずかしい。通じなかったらどうしよう。」という不安ばかり。
以前PMI(日本の保健所のようなところ)で、英語もダメ、アラビア語オンリーでがんばっているママさんとお会いしたことがあるけど、彼女も右脳派だったと思う。身振り手振りのボディランゲージが得意なママさんで、多分私とはお互いほとんど通じ合っていなかったと思うけど、不思議と彼女からうける 印象に悪い感じはなかった。彼女とコミュニュケーションをとっているフランス人職員も「彼女はフランス語話さないからね〜」と言いながらも、そのアラブママと楽しそうにボディランゲージで交流していた。
フランスで生きていくには、フランス語はもちろん必要不可欠だけど、大切なことを忘れていたなぁと反省した。
美容院に行ったら、フランス国内で物議を醸し出した村上隆の『ベルサイユ宮殿作品展』のパンフレットを見せてくれた。そこに村上氏の才能に注目したアーティスト(名前は忘れた)が、初めて彼に出会ったときの逸話が載っていた。
1993年、横浜でそのアーティストの展示会があったとき、村上氏は英語もまともに話せず、ただ自分の作品だけを見せに来た。その作品がよかった ので、そのアーティストはアメリカに帰ってから村上氏に一緒に仕事をしようと英語でファックスを送った。村上氏は、その返事を漫画で描いて返信した。さすがアーティスト。
美容院の後、日本からヨーロッパにジュエリーを買い付けに来た方とお茶をした。 「イタリアで買い付けしたときなんんて、イタリア語まったくわからんから、『ディスカウント、プリーズ!』とひたすら叫んだだけだったよ!」と高笑い。
ああ、私って悲しい左脳人間なのかも。私はフランス語を話すとき、どうしても発音とか文法とか、いろいろと考えてしまうのだ。その奥にある気持ちは「間違えたらどうしよう。はずかしい。通じなかったらどうしよう。」という不安ばかり。
以前PMI(日本の保健所のようなところ)で、英語もダメ、アラビア語オンリーでがんばっているママさんとお会いしたことがあるけど、彼女も右脳派だったと思う。身振り手振りのボディランゲージが得意なママさんで、多分私とはお互いほとんど通じ合っていなかったと思うけど、不思議と彼女からうける 印象に悪い感じはなかった。彼女とコミュニュケーションをとっているフランス人職員も「彼女はフランス語話さないからね〜」と言いながらも、そのアラブママと楽しそうにボディランゲージで交流していた。
フランスで生きていくには、フランス語はもちろん必要不可欠だけど、大切なことを忘れていたなぁと反省した。
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