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2011年12月9日金曜日

胎児の3D超音波エコーのリスクについて

昨日テレビのニュースでもやっていて、ちょっと気になった。

フランスの産科医協会(?とでも訳そうか。Les Collège Nationale des Obstériciens et Gynécologue Français)というところが、胎児への3D超音波エコー撮影のリスクについて警鐘を鳴らしている。胎児の脳、目、性器の発達に影響が出るそうだ。

アトランティコ紙の記事 (2011年12月7日付け)
「3Dエコグラフィー:親は喜ぶが、子供には危険」

3D超音波エコーを行うことで、胎児の奇形や問題を早期から発見できるということもあるみたいだけど、ただ単にお腹の中の赤ちゃんが笑っている顔が見たいから、というような理由で3D超音波エコーをやるのは、怖いのかも。

2010年7月23日金曜日

沖縄に癒される

たまたまテレビを付けたらarte(教養番組専門チャンネル)で、沖縄を紹介していた。

私と主人は沖縄が大好き。主人と二人で口をぽーっと開けて「あー、沖縄いいなぁー」とため息をつきながら沖縄の淡いブルーの海を見ていた。(その一方で一歳になった息子はうれしそうに沖縄の音楽に合わせて手をヒラヒラ動かしている)

フランスに住みはじめて半年が過ぎた。最近はこの国の不便なところ、嫌なところばかり目についてイライラすることのほうが多い。そのイライラの原因は挙げたらきりがないぐらいだ。情けないのだけど、「ここがフランスではなくて、沖縄だったらなぁ…」と嘆きたい気持ちでいっぱいだった。

番組では、沖縄でテレビタレントとしても活躍するスイス人の男性(どうやら沖縄ではフランス人として通っているらしい人物。でもスイス訛りがない標準フランス語を話す人)が登場した。「沖縄の生活はどうですか?」と聞かれた彼は、「最初は慣れるのに時間がかかるけど、慣れてしまえば問題ないですよ」と笑顔で答えていた。

その何気ない一言にちょっと胸が軽くなった。思えば私はまだフランスに来て一年も経っていない。この国の環境に慣れなくてイライラして当たり前なのだ。フランスだろうが沖縄だろうが、新しい場所に慣れるにはそれなりの時間がかかるわけで、別に今焦る必要なないのだ。

やっぱり私にとって沖縄は重要な癒しの国。沖縄から『パワー』をもらった、と思ったところで画面は市場に並ぶ海ぶどうのアップ。

あぁっ!!!海ぶどうが食べたい!!
あのプチプチした食感を口いっぱいに味わいたいぃぃ〜!!!

2010年7月22日木曜日

おフランスのお下品なお笑い

カド・メラド(Kad Merad)というコメディアンがいる。

昨年フランスで大ヒットした映画『Le petit nicola』で、カド・メラドはニコラ少年のお父さん役を好演し、私はなかなかいい俳優さんだなぁと思っていた。

ところがこの人、「なかなかいい俳優さん」どころか、フランス全土で知名度を誇る大人気のお笑い芸人だったのである。テレビでは常におなじみの顔で、映画にも年間平均5−6本の出演をこなしているそうだ。

お笑いを理解するには言葉の壁がないことは必須。でも言葉や文化の壁を超えた単純なお笑い芸は存在する。



念のため言っておくが、私は深夜のテレビ放送枠を見ていてこのネタを知ったわけではない。言葉もわからず、お笑い番組なのか情報番組なのかもすぐには判断できない私が、たまたまテレビを付けたらこの映像が目に飛び込んで来たときの私の衝撃を理解してほしい。

理解してもらいたいのは、カド・メラドは決してフランスでも知る人ぞ知るのマイナーな芸人さんではなく、全国的に人気なのだ。つい最近も国営放送チャンネル2(France2)の夜のゴールデンタイムで、彼は夏休み特番の家族向けのお笑い番組にメイン司会として登場した。いろんな芸人さんが登場するなか、以前カド・メラドとコンビを組んでいた相方オリビエが登場し、彼に敬意を表してこのネタのロック・ドラマー編を披露していた。どうやらフランス人は家族みんなでこの手のおバカな芸を喜んで観ていると言っていいと思う。すくなくとも、わが家ではそうである。

2010年7月21日水曜日

ロベルト・アラーニャが好きです。

昨夜の国営放送チャンネル2(France2)は、プッチーニのオペラ『トスカ』全幕を南仏オランジュ音楽祭から生中継で放送していた。ローマ時代の古代劇場跡で行われる公演を生放送で見られるなんて、オペラファンにはかなりうれしい番組。最近の私は、子育てからくる疲れと、異文化の環境に岩のようにしがみついて生活しなければならない疲れからか、なんとなくぼーっとしていたので、こういう趣味の世界に浸れる機会は逃したくなかった。早速録画して、今日離乳食を作りながら見ることにした。

音楽祭の生中継なんて、なかなか日本では見ることがないから、どんな雰囲気なんだろうと興味深く見ていたのだけど、幕間にはレポーターが活気湧く舞台裏や楽屋に立ち、出演者に気軽にインタビューをしていて、まさに『お祭り』気分を味あわせてくれる。でもなんと言ってもメインは、フランス生まれで世界的知名度を誇るテノール歌手ロベルト・アラーニャ。どうやらアラーニャは1998年から毎年オランジュ音楽祭に出演しているらしく、過去のアラーニャのハイライトシーンとインタビューで盛りだくさん、オランジュ音楽祭、別名『ロベルト・アラーニャ祭り』と言っても良さそうな感じだ。

フランスに来てから気がついたのだけど、ロベルト・アラーニャはフランスで絶大な人気を誇る。このオペラ生放送も、アラーニャ見たさで楽しみにしている視聴者のおかげで実現しているようなものだろう。その人気の理由は、フランス人がクラシック音楽好きというよりもむしろ、彼自身の生い立ち − 彼の両親がシチリアからの移民で、パリ郊外でも最も『危険』と呼ばれる地域の出身であること − が大きく貢献していると思う。

私は特に昔からのアラーニャのファンだったという訳ではないのだが、フランスに来てからちょっとフランスのテレビに「洗脳」されて彼のファンになってしまった。なぜなら、私もパリ郊外に住む移民だから。(私が住んでいる街はアラーニャが生まれた街よりはずっと安全なところだけど、それでも移民は多い)今年の1月ぐらいにアラーニャのインタビュー番組をテレビで偶然見かけ、そこで彼はフランスで育ったことを『幸運』だと話していた。もちろん、それは移民国家フランスの裏返しであって、この国が抱える移民関係の社会問題は根深い。ただ、未だにフランス語に四苦八苦している私が、なぜか私は彼のフランス語は理解できて、ふんふんとインタビューに引き込まれてしまった。それが、シチリア訛りのせいなのか、それともオペラ歌手としての発声法のせいなのかわからないのだけど、早口でしゃべっていても、なぜか理解できる。多分、ラテン系の人にありがちな、べらべらと長くしゃべっているようでも実はそんなにたいしたことを言っている訳ではないというものあるのかもしれないが、私は彼がにこやかな笑顔で、家族こと、音楽のことについて話す姿に、「移民としてフランスに生きることは決して悪いことではない」という希望の光を感じた。

その希望の光は、インタビューの合間に、アラーニャが2005年の革命記念日に国家『ラ・マルセイエーズ』を歌ったときの映像を見たときさらに強く輝きだした。これを見たら、フランス人でなくても心が高鳴るはず。



アラーニャは、『マルセイエーズ』のように声量を最大限に使った力強い曲を歌うと右に出るものはいないと思う。ほら、ここが俺様の見せ場だ!と言わんばかりの男らしい強さを歌うときのアラーニャは目を見張るものがある。特に、『怒り』の表現が上手で、ハイライトシーンに混ざっていた『椿姫』第二幕でアルフレード(アラーニャ)がヴィオレッタを侮辱するシーンなど、そこまで激しくいじめなくも!と思わずヴィオレッタに同情してしまうほどの迫力だった。

でも、一方で『カルメン』のドン・ホセや『道化師』のパリアッチョなど、女に捨てられた惨めな男の悲哀を表現するのはいまいちサマになっていない。今回の『トスカ』でも、テノールの一番の見せ場3幕目の『星は語りぬ』は、カラヴァドッシの絶望感がちょっと欠けていて味気ない感じがした。一流のテノールとして定番のアリアを情感たっぷり込めて歌えないところが、ミラノスカラ座事件のようなことになってしまったのかもしれない。

Wikipediaで2006年12月のスカラ座の公演中、観客からブーイングを受けたことで舞台を放棄したことを知った私は、あれ?と思ってしまった。これって、フランスを代表するもう一人の移民のヒーロー、元サッカーフランス代表のジダンみたいじゃない!?怒りがカッと頭に昇ってしまうと、それを制御できなくなるところが特に。ジダンが2006年W杯決勝でイタリアの選手に頭突きをして一発退場になったのは同年7月ぐらいのはずだから、もしかしてアラーニャもちょっとジダンのことが頭にあったのかな〜と、勝手な想像をしてしまう私だが、アラーニャのファンになってしまった私はそういうところが人間臭くていいなぁと思ってしまう。

今回の生放送の中でアラーニャがインタビューされているところを見て思わず目がいったところがある。彼の上腕から胸板にかけてのがっちりした筋肉!♥。お得意のアリアを歌っているときの彼の堂々とした姿からは想像できないのだけど、実際の彼の体格は美的に恵まれているとは言いがたい。ドミンゴやホセ・クーラなどと比べたら、ずっと身長も低そうだし、お腹もちょっとポッコリ気味。でも、上半身をしっかり筋トレしているようで、スーツを着るとちゃんと体は逆三角形を保ち、テノールの舞台衣装にありがちな第二ボタンまでボタンを外したシャツ一枚の立ち姿が、特にオペラのテレビ中継などでカメラがアラーニャをバストショットでとらえるとき、一段と映える。

オペラ歌手は自分の体が楽器だから、すばらしい声を出すために腹筋や背筋などいろんな筋肉を常に鍛えていなくてはならないらしいけど、上腕筋があそこまで盛り上がっているオペラ歌手もめずらしいなぁと思う。そもそも腕の筋肉が美しい声を出すのに必要なのかどうかは、素人の私にはわからないけど、舞台人としてかっこよくありたいと努力する俗っぽいところがまた面白くて好きである。

2010年5月17日月曜日

赤い女たち

昼寝からぐずって起きだした息子をなだめようとテレビを付けたら、ちょうどアート専門チャンネルのarteでマルタ・アルゲリッチの演奏が始まるところだった。曲はベートーベンのピアノ協奏曲第2番。初めて聞く曲だったけど、五月の風ようのな、からりとさわやかな演奏だった。

この曲は息子の波長にも合っていたようで、最初すこしぐずっていたものの、だんだん落ち着いてきた。赤ちゃんが泣きやませる音楽にクラシックがいいとか、モーツアルトがいいとか、と言うけど、単に音楽が持つ波長と赤ちゃんがもつ波長が一致すると、赤ちゃんは泣き止むんじゃないかなぁと思う。息子がまだ生後一ヶ月頃、泣き止まないので赤ちゃんのためのモーツアルトというCDを聞かせてみたけど、まったく効果なかった。今ではあのモーツアルトを聞くと子供がかえって泣き出すような気がして、私はあんまりモーツアルトを聞かなくなった。

演奏は去年の夏スイスのヴェルビエ音楽祭(Verbier Festival)のときの録画放送だったが、アルゲリッチがすっかり白髪になっていて、それにちょっと驚いた。でも長くのばした白髪とは対照的に、彼女は口に真っ赤なルージュを引いていて、それがとってもかっこよかった。

聞きながら、私はやっぱりベートーベンが好きなんだなぁと思う。彼の音楽を聞いていると、自然に体が軽くなるというか、第4チャクラ(胸)あたりがふわっと開いていく感じがする。こういう演奏にはめったにお目にかかれるものではないから、今日はラッキーな日なんだろう。

後半は若手の中国人ピアニスト、ユジャ・ワン(王羽佳 Yuja Wang)の演奏。彼女はノースリーブの真っ赤なドレスで登場。『のだめカンタービレ』に登場する、お買い物好きな天才ピアニストのモデルは彼女かもな、と思った。超絶技巧を紡ぎだすその秘訣は、彼女の上腕筋かな!?肩から手首までにかけての彼女の腕の筋肉は、ちょっとしたプロゴルフ選手ぐらいありそう。小麦色の肌が真っ赤なドレスとうまくマッチして、またなんともセクシー。

フランスは今カンヌ映画祭期間中だから、よくテレビやニュースでレッドカーペットを歩く艶やかな女優さんたちを目にする。でも、今日のピアニスト二人はどんな女優さんたちよりも個性的で刺激的だった。やっぱり女は『赤』で勝負しなきゃね。ちょっと子育て中の私には縁遠い色だけど。

2010年5月12日水曜日

この国の個人主義

先週に引き続き、France 3で『ジョルジュとファンシェット』(George et Fanchette)の後半を見る。

ジョルジュ・サンドは、ショパンとの別れを惜しむ事なく、あっさりと次の恋人に鞍替え。しかも相手は自分の息子の仕事の同僚で、ほとんど息子と同年代の若い男性。で、息子モーリスは母親への嫉妬から、母の恋人である同僚を仕事から外してしまう。

さあ、母親ジョルジュはどうするか!?息子か、恋人か?この二者選択…!
と、ちょっと複雑な葛藤に悩まされるジョルジュを想像したのだけど、彼女はあっさり、きっぱりと恋人を選びましたとさ。あらあら。息子を一人田舎のお屋敷に残して、彼女の馬車は軽快に走り去る…。

やっぱり私は日本人だから、「あんた、それでも母親なの?」という感じがぬぐいきれずに見ていたけど、ドラマはそんな私の感情なんて抜きに淡々とジョルジュが新しい生活を楽しんでいるところを見せる。

なーんか、『のれんに腕押し』って感じをくらった私だったけど、主人は結構楽しそうに見ている。

ふと、気がついたのだけど、実は主人の人間関係も、このドラマにある人間関係と似ているところがあるのだ。さすがに、主人のお母さんに若い恋人がいる、という訳ではないのだけど、要はこのドラマの人間関係って『血縁<他人との愛情』。ジョルジュは自分の実の娘と息子とは馬が合わなくなってしまうのだけど、なぜか自分の娘と同い年ぐらいの召使いファンシェットとは気が合う。ドラマの後半では、ファンシェットのことを自分の娘とまで紹介する仲になっていた。

一方うちの主人も、親兄弟よりも『信頼できる』友人、親戚としかつきあわない。「親子の関係がうまく行ってない家庭、フランスには多いよ」と主人は言うのだけど、そりゃ、日本にだって多いよ。でも、日本の場合だと、いくら仲が悪くても、やっぱり血のつながった親や兄弟だから、なんとかうまくやって行こうと努力しようとする姿勢を見せるけど、このドラマでは、「だめなら、仕方ないじゃん」って感じ。血がつながっていても、関係を修繕しようとある程度やってみて、それでもだめなら無理にいっしょにいることはない、という姿勢のようだ。

今10ヶ月になる息子を育てている私としては、複雑な気分が残る。主人ももちろん、「この子とは、そういう関係になりたくないけど」とは言っているけど、この国の個人主義って、私にはまだちょっと未知で怖い。

2010年5月3日月曜日

ショパンって、ダメ男?

言葉がまだよくわからないので、テレビを見るときにはなるべく映像で楽しめるものを選ぶ私。

最近、「お、これ録画してちゃんと見よう!」と思った番組は作家ジョルジュ・サンドの半生を描いたドラマ。「ジョルジュとファンシェット(George et Fanchette)」というタイトルで、ショパンと暮らすジョルジュ・サンドが、ファンシェットという若い女性を召使いに雇うところからストーリーが始まる。

フランスの田園風景が広がるお屋敷でロケ撮影していて、かなり優雅な感じ。木いちご狩り、美しい花々、乗馬、豪華なディナー、色とりどりの衣装、おいしそうなコーヒーとブリオシュの朝食など、女の子ならだれでも憧れる世界が映像化されていて、かなり目の保養になる。もちろんBGMはショパンのピアノ曲だしね!

言葉がわからないと、画面のいろんな細部につい目がいってしまい、それがまた面白い。
庭仕事をするジョルジュがふと振り返って画面に背を向けると、彼女のエプロンを止める紐が縦結びだったり、召使いの人たちが調理する食材が雌鳥だったり、うさぎだったり。

でも、かなりがっかりしたのは、ショパンの人物設定。かなり実際の肖像画に描かれているショパンと似ている感じの風貌に仕上がっていて、いかにも病人らしかった。でも、ピアノを弾く指はちょっと小太り気味。以前パリにある博物館でショパンの手の石膏を見た事があったけど、とっても長い指をした繊細な手だったのにな。さらに致命的にショックだったのは、まるで「僕は音楽以外の才能はまるでないんです」、と言わんばかりのショパンのダメ男っぷり。ドラマの後半で、ジョルジュがショパンを追い出すシーンがあったけど、もしドラマに描かれているようなことを実際にやる男性がいたら、ジョルジュ・サンドでなくても嵐のように怒り狂うでしょう。

サンドとショパンの関係について、いろいろとロマンチックな夢を描いていた私としては、「あちゃー、見なきゃ良かった」というのが感想。

来週第二部も放映されるようなので、とりあえず楽しみにしています。