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2011年12月9日金曜日

胎児の3D超音波エコーのリスクについて

昨日テレビのニュースでもやっていて、ちょっと気になった。

フランスの産科医協会(?とでも訳そうか。Les Collège Nationale des Obstériciens et Gynécologue Français)というところが、胎児への3D超音波エコー撮影のリスクについて警鐘を鳴らしている。胎児の脳、目、性器の発達に影響が出るそうだ。

アトランティコ紙の記事 (2011年12月7日付け)
「3Dエコグラフィー:親は喜ぶが、子供には危険」

3D超音波エコーを行うことで、胎児の奇形や問題を早期から発見できるということもあるみたいだけど、ただ単にお腹の中の赤ちゃんが笑っている顔が見たいから、というような理由で3D超音波エコーをやるのは、怖いのかも。

2011年11月8日火曜日

フランスの療育

1ヶ月半検診のときに「パパ、ママ」も言えなかった息子は、フランスのPMI(日本の保健所みたいなところ)にいる小児科の先生(IMF専務理事のラガルド女史似の先生)に、「言葉が遅い!」と怪訝な顔をされた。しかもまだその頃息子は伝い歩きがやっとで、ちゃんと歩くこともできなかったため、先生は「この子おかしい。発達に問題あり。」と断言。

検診のときにいっしょに来てくれた夫は、この先生の態度にかなり不満で、セカンド・オピニオンを求めようと別の小児科の先生に会いにいった。予防接種のついでにセカンド・オピニオンを聞こうとしたのだけど、今度の先生(赤い蝶ネクタイをしたおじいちゃん先生)は注射に大泣きしたうちの子を早く追い払いたいように、「別に今歩かなくったって問題ないよ〜、言葉もそのうち話すよ〜」と一言で診断され終了。

いったい、どっちの先生を信頼したらいいのか。結局最初に会ったラガルド女史似の先生の厳しい言葉が強烈だったので、その先生に「発達が遅いというなら、どうすればいいの?発達を見てくれる先生を紹介してくれ」とお願いし、児童精神科の先生(pedopyschiatre)を紹介してもらった。日本だと一歳半検診でひっかかる子供は「療育センター」というところで、詳しい検査を受けたり、歩く練習をしたりすると聞いたので、児童精神科の先生って何?と思ったのだけど、これがこの国のシステムならしょうがない。先生に会うことになった。初回の面接のときに、その先生とペアでpsychomotoricianという日本で言う療育師さん(?)のような先生が毎週息子の動きを見て、その先生からの報告をうけて最終的に児童精神科の先生が診断します、と説明される。

じゃぁ、はりきってpsychomotoricianの先生とお会いしてみようということになり、会ってみたら、若くてかわいらしい女の先生だった。大きな黒い瞳に黒い髪、ボーイッシュな髪型が似合って、ananの表紙になってもおかしくないような妖精のような先生。この先生の部屋にはたくさんおもちゃや遊具があって、息子も行くと大喜び。しかもこの先生も一緒になって息子と遊んでくれるので、毎回セッションの時間は息子も楽しみにしている様子。でも…。日本の「療育センター」だと歩けない子がみんなで一緒にグループで遊んだりすると聞いていた私は、これでいいのか?と疑問符。基本的には毎回おもちゃや遊具を使って先生と息子は一対一で遊ぶ。(たまに私も遊びに合流)。まったく歩く練習とか、「ほら、ちょっと立って歩いてみようか〜」と先生が息子を促すことも全くない。

そこで、3度目の面接のときぐらいのときに、おそるおそる先生に聞いてみた。
すると先生は、
「心配しなくても大丈夫。絶対そのうち歩くから。今(当時うちの息子は1歳7ヶ月)ここで、無理に歩かせようとすると骨に負担が掛かったりするから、この子が歩く気になるまで待ちましょう。この子は外の世界と接するときの恐怖が普通の子に比べてちょっと強いみたいね。だから、こうやってハイハイしながら、テーブルの下をくぐったり、障害物を超えて行ったりすることで自分の体に自信がつくから。その練習を毎回してるのよ」
と言う。

確かに、毎回先生は椅子やトンネル、クッションとかで障害物をつくり、その間をうまく息子がすり抜けていけるような行動をうちの息子に促していた。ただ単に遊んでるわけじゃなかったんだなーとホッとしたけれど、2歳の誕生日を迎えても息子は自分で歩かなかった。

公園に息子を連れては行くものの「外の世界と接するときの恐怖」が少し強い息子は、ただ泣いているだけで終わった日もある。それでもめげずに公園に連れて行ったある日、ふと気がついたことがあった。あるときから必ず息子は遊具の下をハイハイでくぐるようにして遊ぶようになった。(当初私は外の地べたをハイハイさせることに非常に抵抗があったのだけど、psychomotoricianから汚いとか気にすることないですよと言われ、地べたハイハイをOKにした)

そんな日々が1、2週間ぐらい経った後、息子は自分の足で歩き出した。最初は私たち親が見ていないところで、トコトコトコっと歩き出し、「あ、あれ!歩いてる!」と私が叫ぶと、息子はデヘーっと恥ずかしそうに床にひれ伏す。私が「ほら、もう一回歩いてみせてよ〜!」と言っても息子はダハァ〜!と恥ずかしそうに叫び、床にゴロゴロ。で、夫と私が諦めてまた自分たちのことに取り掛かると、トコトコトコっと息子が歩いてきた…!

2歳1ヶ月で歩き出した息子を見たその日、私がうれし泣き状態だったのは言うまでもない。

2011年10月31日月曜日

フランスの図書館

子供を連れてよく図書館に行く。日本みたいに子供をいつでも連れて行ける児童館というものがないので、つい図書館の利用頻度が高くなる。

私の住む街の図書館では、大人用と子供用と建物が別れていて、それがありがたい。とても小さな図書館だけど子供用の図書館なので、赤ちゃんや幼児がちょっと奇声をあげても、図書館のスタッフさんたちも寛大。ただ、うるさく騒ぐ小学生ぐらいの子がいると、彼らはちゃんと注意してくれる。この小さな図書館に常時5人ぐらいスタッフがいるというのは、フランスが「読書」ということに国として予算を充てているということなのだろうか?と思ったりした。(ただ、開館時間は日本に比べて週休3日で1日平均5時間と短い。)

しかも、ここの図書館のスタッフさんたちは子供好きなのだ。2歳になったうちの息子を見ては、「あ〜、大きくなったね〜」と声をかけてくれたり、暇なときには子供に本を読んでくれたり、歌を歌ってくれたりする。先日はある司書さんが、「とっても素敵な日本語の絵本もあるのよ」と言って、いそいそと特別閲覧用の奥の棚から絵本を出してくれた。それは、駒形克己という造本作家が製作した絵本で、子供に勝手にさわらせるのはもったいないぐらいの、「Blue to Blue」という美しい絵本だった。

魚のサケが川で産まれて、また産まれた川に帰ってくるまでの短いストーリーなのだけど、本を開いただけで、まるで自分がサケになったかのうような、不思議な感覚に包まれる。青という色彩を上手に使うだけでなく、サケという魚の視点から書かれた短いストーリーに、ついハッとする生命の不思議を実感できる。そんな絵本だった。

本を返すときに司書さんに「うちの子にはまだちょっと早いようだったけど、とっても素敵な絵本でした。」と言ったら、司書さんは「そうでしょ、でも大人が楽しめればそれでいいのよ。」と笑顔。子供好きで本好きな司書さんたち。今住んでいる街自体はあまり好きではない私だけど、この図書館に出会えたのは本当によかったと思う。

我が息子は、この絵本を読んであげているときにはあまり集中していないみたいに見えたけど、この絵本を見せた次の日ぐらいから、「あおっ!(青)」と言えるようになった。

2011年1月5日水曜日

今年の漢字は「自」

今年の私の目標は、「人と比べない」。漢字一字で表すなら「自」。
人と他人を比べての自分ではなく、「自ら」の視点で自分を評価すること。

昨日1月4日は、日食と山羊座の新月が重なるという占星術的にはパワフルな日だったそうで、そのせいかは分らないけれど、私は昨日ちょっとしたことで気落ちしてしまい、何もやる気が起きなくなった。仕事から帰宅した夫に、「ごめん、今日は夕飯が作れない…。」と切り出したら、夫はさらりと「いいよー、パンとチーズ食べるから。」と言ってくれた。(最近夫は仕事がうまくいっていて、比較的機嫌がよい)とにもかくにも、夫に心底感謝した日でもある。

さて、昨晩はゆっくり寝て、今日は息子を散歩に連れて行ったり、たまった家事を片付けたりと、とりあえずすっきりしない気分のまま、やれることだけをやり…。そしてふと、自分のモヤモヤの原因は、自分を人と比べてしまうことだと気がついた。

去年後半からずっと気にしていたのだけど、一歳半になった息子がまだ歩かない。 「遅い子もいるから心配しないで」というのが親や友達、インターネットを通しての情報だったけど、先月一年半検診に行ったら、小児科の先生に「この月齢で歩かないなんて、おかしい!」とばっさり切り捨てられたときには、ショックだった。(日本の先生だったら、もうすこしオブラートに包んだような言い方しないかなーと思ったりもした)

夫も気にするな、と気遣ってくれ、息子もなんだかんだ言っても楽しそうにつかまり立ちをしているので、気にしないようにしていたのだけど、昨日ふとしたことで、うちの子と他の子を比較する「負のスパイラル」がスタートし、とうとう何も手がつかなくなるまで落ち込んだ。

自分の息子を他の子と比較すると、結局母親である自分を責め、自分はなんてダメな母親なんだろうと、自分の悪い所ばかりに目についてしまう。

「自分の視点で自分を評価する」という目標は、私のためにたてた目標だけれど、しいては息子のためでもある。息子にも、息子らしく育っていってほしいから。

2010年7月4日日曜日

誕生日を迎える息子へ

君がこの世にやって来たとき、太陽は西へと進路をとり、

君のもう一つの祖国で、強い朝日となって大地を照らしていた

君には二つの時計が刻まれている

もしかしたら二つの時計が重く君にのしかかるかもしれない

もしかしたら時計は一つでよかったと思うかもしれない

そんなときは オルゴールの曲にのって 静かに眠っておくれ

星が君を見守っている世界で 休んでおくれ

そして また目を覚ましたら 空を見上げてごらん

二つの時計は いつも一つの太陽と共に

同じ時を刻んでいるから