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2010年7月22日木曜日

おフランスのお下品なお笑い

カド・メラド(Kad Merad)というコメディアンがいる。

昨年フランスで大ヒットした映画『Le petit nicola』で、カド・メラドはニコラ少年のお父さん役を好演し、私はなかなかいい俳優さんだなぁと思っていた。

ところがこの人、「なかなかいい俳優さん」どころか、フランス全土で知名度を誇る大人気のお笑い芸人だったのである。テレビでは常におなじみの顔で、映画にも年間平均5−6本の出演をこなしているそうだ。

お笑いを理解するには言葉の壁がないことは必須。でも言葉や文化の壁を超えた単純なお笑い芸は存在する。



念のため言っておくが、私は深夜のテレビ放送枠を見ていてこのネタを知ったわけではない。言葉もわからず、お笑い番組なのか情報番組なのかもすぐには判断できない私が、たまたまテレビを付けたらこの映像が目に飛び込んで来たときの私の衝撃を理解してほしい。

理解してもらいたいのは、カド・メラドは決してフランスでも知る人ぞ知るのマイナーな芸人さんではなく、全国的に人気なのだ。つい最近も国営放送チャンネル2(France2)の夜のゴールデンタイムで、彼は夏休み特番の家族向けのお笑い番組にメイン司会として登場した。いろんな芸人さんが登場するなか、以前カド・メラドとコンビを組んでいた相方オリビエが登場し、彼に敬意を表してこのネタのロック・ドラマー編を披露していた。どうやらフランス人は家族みんなでこの手のおバカな芸を喜んで観ていると言っていいと思う。すくなくとも、わが家ではそうである。

2010年7月21日水曜日

ロベルト・アラーニャが好きです。

昨夜の国営放送チャンネル2(France2)は、プッチーニのオペラ『トスカ』全幕を南仏オランジュ音楽祭から生中継で放送していた。ローマ時代の古代劇場跡で行われる公演を生放送で見られるなんて、オペラファンにはかなりうれしい番組。最近の私は、子育てからくる疲れと、異文化の環境に岩のようにしがみついて生活しなければならない疲れからか、なんとなくぼーっとしていたので、こういう趣味の世界に浸れる機会は逃したくなかった。早速録画して、今日離乳食を作りながら見ることにした。

音楽祭の生中継なんて、なかなか日本では見ることがないから、どんな雰囲気なんだろうと興味深く見ていたのだけど、幕間にはレポーターが活気湧く舞台裏や楽屋に立ち、出演者に気軽にインタビューをしていて、まさに『お祭り』気分を味あわせてくれる。でもなんと言ってもメインは、フランス生まれで世界的知名度を誇るテノール歌手ロベルト・アラーニャ。どうやらアラーニャは1998年から毎年オランジュ音楽祭に出演しているらしく、過去のアラーニャのハイライトシーンとインタビューで盛りだくさん、オランジュ音楽祭、別名『ロベルト・アラーニャ祭り』と言っても良さそうな感じだ。

フランスに来てから気がついたのだけど、ロベルト・アラーニャはフランスで絶大な人気を誇る。このオペラ生放送も、アラーニャ見たさで楽しみにしている視聴者のおかげで実現しているようなものだろう。その人気の理由は、フランス人がクラシック音楽好きというよりもむしろ、彼自身の生い立ち − 彼の両親がシチリアからの移民で、パリ郊外でも最も『危険』と呼ばれる地域の出身であること − が大きく貢献していると思う。

私は特に昔からのアラーニャのファンだったという訳ではないのだが、フランスに来てからちょっとフランスのテレビに「洗脳」されて彼のファンになってしまった。なぜなら、私もパリ郊外に住む移民だから。(私が住んでいる街はアラーニャが生まれた街よりはずっと安全なところだけど、それでも移民は多い)今年の1月ぐらいにアラーニャのインタビュー番組をテレビで偶然見かけ、そこで彼はフランスで育ったことを『幸運』だと話していた。もちろん、それは移民国家フランスの裏返しであって、この国が抱える移民関係の社会問題は根深い。ただ、未だにフランス語に四苦八苦している私が、なぜか私は彼のフランス語は理解できて、ふんふんとインタビューに引き込まれてしまった。それが、シチリア訛りのせいなのか、それともオペラ歌手としての発声法のせいなのかわからないのだけど、早口でしゃべっていても、なぜか理解できる。多分、ラテン系の人にありがちな、べらべらと長くしゃべっているようでも実はそんなにたいしたことを言っている訳ではないというものあるのかもしれないが、私は彼がにこやかな笑顔で、家族こと、音楽のことについて話す姿に、「移民としてフランスに生きることは決して悪いことではない」という希望の光を感じた。

その希望の光は、インタビューの合間に、アラーニャが2005年の革命記念日に国家『ラ・マルセイエーズ』を歌ったときの映像を見たときさらに強く輝きだした。これを見たら、フランス人でなくても心が高鳴るはず。



アラーニャは、『マルセイエーズ』のように声量を最大限に使った力強い曲を歌うと右に出るものはいないと思う。ほら、ここが俺様の見せ場だ!と言わんばかりの男らしい強さを歌うときのアラーニャは目を見張るものがある。特に、『怒り』の表現が上手で、ハイライトシーンに混ざっていた『椿姫』第二幕でアルフレード(アラーニャ)がヴィオレッタを侮辱するシーンなど、そこまで激しくいじめなくも!と思わずヴィオレッタに同情してしまうほどの迫力だった。

でも、一方で『カルメン』のドン・ホセや『道化師』のパリアッチョなど、女に捨てられた惨めな男の悲哀を表現するのはいまいちサマになっていない。今回の『トスカ』でも、テノールの一番の見せ場3幕目の『星は語りぬ』は、カラヴァドッシの絶望感がちょっと欠けていて味気ない感じがした。一流のテノールとして定番のアリアを情感たっぷり込めて歌えないところが、ミラノスカラ座事件のようなことになってしまったのかもしれない。

Wikipediaで2006年12月のスカラ座の公演中、観客からブーイングを受けたことで舞台を放棄したことを知った私は、あれ?と思ってしまった。これって、フランスを代表するもう一人の移民のヒーロー、元サッカーフランス代表のジダンみたいじゃない!?怒りがカッと頭に昇ってしまうと、それを制御できなくなるところが特に。ジダンが2006年W杯決勝でイタリアの選手に頭突きをして一発退場になったのは同年7月ぐらいのはずだから、もしかしてアラーニャもちょっとジダンのことが頭にあったのかな〜と、勝手な想像をしてしまう私だが、アラーニャのファンになってしまった私はそういうところが人間臭くていいなぁと思ってしまう。

今回の生放送の中でアラーニャがインタビューされているところを見て思わず目がいったところがある。彼の上腕から胸板にかけてのがっちりした筋肉!♥。お得意のアリアを歌っているときの彼の堂々とした姿からは想像できないのだけど、実際の彼の体格は美的に恵まれているとは言いがたい。ドミンゴやホセ・クーラなどと比べたら、ずっと身長も低そうだし、お腹もちょっとポッコリ気味。でも、上半身をしっかり筋トレしているようで、スーツを着るとちゃんと体は逆三角形を保ち、テノールの舞台衣装にありがちな第二ボタンまでボタンを外したシャツ一枚の立ち姿が、特にオペラのテレビ中継などでカメラがアラーニャをバストショットでとらえるとき、一段と映える。

オペラ歌手は自分の体が楽器だから、すばらしい声を出すために腹筋や背筋などいろんな筋肉を常に鍛えていなくてはならないらしいけど、上腕筋があそこまで盛り上がっているオペラ歌手もめずらしいなぁと思う。そもそも腕の筋肉が美しい声を出すのに必要なのかどうかは、素人の私にはわからないけど、舞台人としてかっこよくありたいと努力する俗っぽいところがまた面白くて好きである。

2010年6月24日木曜日

サッカー嫌いじゃなかったっけ?

W杯サッカーが始まる前、わが家では夫からサッカー観戦禁止令が出された。夫は大のサッカー嫌い。フランス代表が勝つと毎回街は大騒ぎになるそうで、それが夫のサッカー嫌いの一因らしい。大多数の人が面白いと思う事は普通に面白いはずと日本式に教育されている私は、もちろん禁止令撤廃を要求した。「別に4年に一回のせっかくのお祭りなんだから、見よう」となだめたのだけど、Nonの一言。でも話し合いの結果、どうやら私が個人的に一人で見ることは禁止しないというところに落ち着いたので、まあいいっかと思っていた。

ところが、ふたを開けてみたら、なんと!夫は「サッカーおもしろくなってきたね〜」とウハウハしているではないか!その原因はフランスの惨憺たる戦いぶりとそれに付随した珍騒動のおかげ。メディアは毎日神妙な面持ちで、「今フランス代表に何が起きているのか」を情報戦とばかりに伝え、夫はそれを「今日はどんな展開になるかなぁ〜♪」ともみ手をしながらうれしそうにスポーツニュースを見るようになり、私にも逐一それを報告してくれる。以下、夫がサッカー解説者等から聞きかじった情報。

●ドメネク監督には個性の強い選手を管理する能力はない。もともと大きなクラブチームを監督した経験が無い人で、2006年W杯準優勝もジダンの実力と人徳のもとにチームが結束したため実現できたもの。

●ドメネク監督は2006年後、全く成績を残していないにも関わらず、なぜフランスのサッカー協会が監督交代を実現できなかったのかは謎。協会内の政治力が関係しているらしい。

●代表チーム内の二大勢力は、どうやらリベリーとグルキュフだったらしい。決して異人種間に起きた軋轢ではない。

●練習のボイコットが決まったとき、若手の選手には泣いて練習したいと懇願した人もいた。でもそれは阻止された。

●新監督ローラン・ブランは、フランスが98年W杯優勝をしたときの代表メンバー。その後国内1部リーグのボルドーのチームを率いて昨季はリーグ優勝を果たすなど、ドメネク監督よりもずっとしっかりした実績もある。性格もドメネクのように傲慢ではなく、理性的な采配ができる人物らしい。

夫は、今年8月に行われる新監督指揮のもとでのフランス代表の初試合がどうなるのか、今から楽しみだそうだ。

2010年6月19日土曜日

凱旋門、シャルル・ド・ゴール、カルラ・ブルーニ


昨日、パリの日本大使館に寄ったついでに、凱旋門前を通った。「我々は勝利者だ!」との雄叫びが聞こえてきそうなその建造物から湧き出るパワーを感じながら、同じ兵士として国のために戦ったのに、東京にひっそりとたたずみ、そして常に複雑な議論が絶えない靖国神社のことを思い浮かべた。


***


先日、夫が図書館から谷口ジローの『坊ちゃんの時代』を借りてきた。
J'ai envie d'ecrire un nouveau roman.  Je ne comprend pas de tout ou va le Japon.
(新しい小説を書きたいんだ。日本がどこへ行こうとしているのかまったくわからん。)
という夏目漱石の台詞から始まる。谷口ジローは、フランスではかなりの人気漫画家。彼の作品のほとんどはフランス語訳が出版されている。


***


1940年6月18日は、フランス人にとって忘れてはならない歴史的な日らしい。この日、シャルル・ド・ゴール将軍はロンドンのBBCラジオを通して、「フランス抵抗運動の火は決して消されてはならず、またこれからも消されることはない(La flamme de la resistance francaise ne doit pas s'eteindre et ne s'eteindra pas. ) 」とフランス国民にナチスドイツに対する抵抗運動参加を呼びかけた。この日からパリがナチスから解放されるまで、ド・ゴールはロンドンを本拠地としてフランスの抵抗運動を指揮した


今日はその式典のために、サルコジ大統領はカルラ・ブルーニ夫人を伴ってイギリスを訪問。民放放送のTF1, 国営放送のFrance2は共にその式典をロンドンからのライブ中継で放送した。今年はこの出来事の70周年を迎えるとあって、マスコミも力を入れているようだ。この史実について、私は今回フランスに来て初めて知ったのだが、あの狂気的な第二次大戦中に、日本にはド・ゴール将軍やウィンストン・チャーチル英首相のように国民を強く鼓舞し正しい方向へ導いていく政治家が誰一人としていなかったことが、とても悔しい。江戸から明治という劇的な変化を迎えたとき、日本には優秀な官僚、政治家たちの頭脳が多いに発揮された時代があったのにも関わらず、あの太平洋戦争での日本の舵取りの誤り方はいったいなんだったのだろうと、考えてしまった。


厳かな式典の中で私の目を引いたのは、やっぱりカルラ・ブルーニ。ディオールの灰色仕立ての地味なワンピースを軽やかに着こなし、さすがは元トップモデルの存在感。英キャメロン首相の妻サマンサ夫人もかなりチャーミングな女性で、妊娠中の彼女は白と黒のマタニティフォーマルで式典に参加していたけれど、正直に言ってカルラとツーショットにならなければならないサマンサ夫人に同情した。あぁ、決してトップモデルの横に並ぶべからず。サマンサ夫人が後でカルラとのツーショットの写真を見て、気落ちしないことを祈るばかりだ。


普通、ある国の元首が歩いてくるところを見るとき、「あ、オバマが来た、オバマが来た、あ、その後ろにミシェル夫人も…!」と言うように先にその国のリーダーを確認した後、その夫人がどんな人かを目に焼き付けようとするのだが、サルコジ大統領とカルラ・ブルーニの場合は、「あ、カルラが来た、カルラが来た、あ、その前にサルコジがいた…!」と思ってしまう。そういう人は私だけではないはず。カルラ・ブルーニのオーラは、それぐらいすごい。

2010年6月9日水曜日

共和国の大統領たち

また日本の首相が変わった。別に変わってもどうってことないというのがお決まりだけど、やっぱり海外に住んでいると、日本の首相の顔が変わる度に世界では日本の存在感が薄くなっていく感じがする。こっちに来て約半年が過ぎ、ニュースを見る限り、あらためて世界は中国を中心に回っているというか、振り回されているという実感がする。

それにしても日本人って、やっぱりナイーブというか繊細な民族なのかなと思う。権力にしがみつくことを潔しとしない、ぼこぼこに批判されてまで国のトップにしがみつくよりは、自分で去り際を決めたいという気持ちはわからないでもない。

でも、フランスの政界を顔ぶれを見ていると、ちょっとやそっとじゃ自分から降りる人なんていなさそうだなと思う。

サルコジ大統領がカルラ・ブルーニと電撃再婚したとき、その二人の結婚歴を見て唖然とした私。ちょうどそのころ、夫の祖父母と食事をする機会があったのだが、食卓ではその話でもりあがっていた。私がサルコジ大統領の再婚に驚いていることを知ったおばあちゃん(86歳、第二次大戦中はレジスタンスのメンバーだった)は、「あのね、昔ジスカール・デスタンが大統領だったとき、彼は任期中に飲酒運転で捕まったのよ。しかもその助手席には愛人が乗ってたのよ〜」とあっけらかんと言い放った。おばあちゃんは、それに比べたらサルコジなんてかわいいもんよ、とどこか誇らしげで、私はサルコジごときで目を丸くしていたらこの国ではやっていけないのかなぁと不安になった。

しかもこのジスカールデスタンという元大統領、昨年83歳という年齢で初の恋愛小説を出版した。『La Princess et le President』というタイトルで、イギリス皇太子妃とフランス大統領の恋愛物語。精力たくましいお年寄りの妄想もここまでくると、「よっぽどダイアナ妃にちょっかい出したかったんだね、おじいちゃんならきっとおとせたさ、だってフランス人だもんね〜」と、慰めの言葉をかけてあげたくなる。

ミッテラン元大統領の愛人問題が発覚したときに、記者からの質問に対して大統領は「et alors?(それがどうかした?)」と聞き返した話は有名だけど、この国の政治家たち(もしかしたら国民全体?)は、ちょっと自分が過ちを犯したからといって、すぐ謝罪などしそうになく、ましてや自分から権力の座を明け渡そうなんて気は毛頭ない。面の皮がとっても分厚そうな方たちばかりだ。

菅直人新総理も就任早々に田中眞紀子氏から「クリーンというが洗濯屋じゃない」とのお言葉を食らったようだけど、さすが田中角栄の娘、うまいこと言うな〜感心してしまった。日本の政治家ももうちょっとずる賢くてもいいと思う。でないと日本の存在感はますます薄くなってしまうから。

2010年5月5日水曜日

イケメン俳優とメトロでお散歩

あるときテレビを付けたら、いろんな本を紹介する番組をやっていた。
ふと夫がその出演者の話を聞いていて、「多分この人、ジャン・ギャバンとか、ジェラール・デパルデューとか将来のフランス映画を代表する俳優になると思う」とぽつりと言った。

それが、ロラン・ドイチェ(Lorant Deutsch)。ジョニー・デップみたいに黒ふち眼鏡が似合う好青年。俳優さんだけど、今はほとんど舞台が中心のお仕事らしい。夫は彼の演技を見たことは一度もないのだが、「彼の言っていることは賢い」らしい。

ロラン・ドイチェは大学で哲学や歴史を学び、かなりの『歴史オタク』。そんな彼が最近本を出版して、これがフランスでベストセラー入りした。『メトロノーム』というタイトルで、地下鉄メトロ駅の歴史をまとめたもので、地下鉄の各駅からパリの歴史を紐解くという、ちょっと好奇心が踊る内容。

フランス語まだあんまりよくわからないしなぁ〜と思っていたのだけど、駅の売店でちらりと中を見たら、なんとか私にも辞書があれば十分読めそうな文体。しかも、駅ごとにまとめられた各エピソードが短い。夫も読みたがっていたので、早速購入した。

イントロダクションを読んで、ちょっと胸が高まる。

以下抄訳。
15歳のとき、初めてパリでの生活が始まった。(中略)全くのよそ者であり、知り合いもほとんどいないこの町で、僕の初めての友達となったのは、通りの名前だった。

私も初めてヨーロッパの都市を旅行したとき、道や通りの名前に助けられたことがある。寒い冬に旅行をしたときなど、もしかして迷ったのかもしれないと不安になりながらも、ふとその道の名前が「アポリネール通り」や「ボルテール通り」だったりすると、あ、この辺りにあの詩人や哲学者も住んでいたのかな、と想像する。そう思えるだけで、知らない土地でさまよい歩くことに、ささやかな安堵を感じたものだった。

自分の小さな喜びと同じことを感じる人がいるなんて!恋が芽生えますな〜。
ロラン・ドイチェとメトロに乗ってパリをお散歩するのを妄想しながら、辞書を片手にがんばるぞ。