2012年7月14日土曜日

さよならフランス

パリを離れ、ケンブリッジに住み始めて半年が過ぎた。

半年の暮らしを経ても、やっぱりケンブリッジの生活は私たち家族に合っているようで、
夫はもうフランスには帰りたくないという気持ち増々強くしている。
私もイギリスの生活のほうが好きだけれど、
最近はフランスが懐かしいと思うこともしばしば。
ちょっと離れてしまうとやっぱりあれは良かったなと思い出されることもあって、
このブログを閉じる前に、フランスの良かったところを書いておこうと思う。
私には多くの試練を与えてくれたパリ郊外の生活だったけど、
今になってはこういうものが懐かしい。

●パン屋とケーキ屋が懐かしい。
私の住んでいたパリ郊外の街は、観光ガイドに全くひっかかることもない薄汚い街だったけれど、
それでも外を5分も歩けば必ずパン屋とケーキ屋が一緒になった
Boulangerie Patisserieという看板を出したお店に突き当たり、
ほくほくの焼きたてバゲットを1ユーロ以下で買えた。
散歩の途中に色とりどりのケーキが並んだショーウィンドーを覗くのが楽しみだった。
ちょっとした自分のご褒美に、タルト・フレーズやパリ・ブレストを買ったり。
一つだけケーキを買うと、紙箱ではなく包装紙が三角形になるように包んでくれて、
最初はどこを持って持ち帰ればいいのかちょっと戸惑ったこともあったなぁ。
今住んでいるケンブリッジの家の周辺には、
バゲットは近所のスーパーで買えるとしてもケーキ屋は一軒もない。
ケーキを買おうと思ったら、
街の中心街にあるフランス風のケーキ屋Patisserie Valerie行かなくてはならず、
フランス風を唄っておきながらも味はいまいちだ。

●フランスのバゲットサンドイッチが懐かしい。
パン屋に売っているバゲッドサンドイッチの種類は、
ハム、チーズ、バター、チキン、ツナ、生野菜を組み合わせた5種類ぐらいしかなくて、
日本で売っているお弁当感覚で今日は何にしようかなという程のチョイスはなく、
一ヶ月以上もフランスに住むようになると
あのサンドイッチは特にありがたい存在でもなくなっていた。
でも、イギリスに住み始めたら、あのバゲットサンドイッチの味が無性に恋しくなった。
たまにお昼を作るのが面倒くさいと思ったとき、
よくバゲットにハムとバターを挟んだだけのサンドイッチを1本買って、
離乳食が終わったばかりの息子と二人で分け合った。
大きなパンをガブガブとかじる小さな息子の表情が懐かしい。

あるとき、イギリスでもお昼を簡単に済ませようと
スーパーで売っているサンドイッチを買って息子と分けようと思ったら、
息子はそれを吐き出したのである!
ただハムとチーズだけのシンプルなものを買ったと思ったのになぜ?
と不思議だったのだけど、私が口にしてみて納得した。
ハムとチーズの質がフランスに比べて劣るのに加えて、
得体の知れないマヨネーズともドレッシングとも言いがたい調味料で味付けされている。ハムとチーズの味がその調味料でかき消されているというのが私も衝撃的だった。
それ以来、何かお昼を軽く簡単にというときは、まずいのは百も承知だけれど
スーパーのサンドイッチ売り場の隣に並んでいるすしセットを買うことにしている。
とりあえずご飯なので、これなら息子も一緒に食べてくれるのだ。
すしはフランスでもかなり日常的な軽食になっていて、
スーパーですしセットを売っているのもよく見かけた。
でも、まさか自分が日本人である限り、あのヨーロッパで販売されるすしセットを買って食するとは夢にも思わなかった。
でも今の私には「イギリスのサンドイッチ<イギリスのすし」なのである。

●フランスのマルシェ(市場)が懐かしい。
フランスにいるときには週に2回開かれる市場でほとんど野菜を買っていたのだけど、
イギリスにはそうしたものがないので、大型スーパーのテスコで買うことがほとんどだ。
ケンブリッジにもマーケットがあるのだけどいまいち観光客向け、一部の自然食品志向の人向けという感じで、フランスのように人々の生活に密着した感じの市場ではない。
大型スーパー・テスコの野菜は、
日本の野菜のようにどれもキレイに包装されて陳列されていることが多く、
なんとなく安心して買い物はできるのだけど…。
一つ不満なことが、イギリスの野菜売り場には「季節感」や「旬」といった雰囲気が
いまいち薄いのだ。
フランスのマルシェでは、日本ほど季節ものの野菜は多くないような気がするけど、
アスパラガスが並ぶと春、スイカとメロンの合わせ売りがはじまると夏、ぶどうが秋で、アンディーブ(チコリ)が冬、という季節感があったのだ。
また、マルシェで働くおじさんやおばさんが発する客寄せの声や、
後ろに行列ができているのに年配女性客とじっくり話し込んでしまう店員さんとか、
フランスの生き生きした市場の雰囲気が懐かしい。

●フランスの薬局が懐かしい。
フランスは法律で都市においては何百メートル以内に必ず一軒や薬局を置くことが決まっているらしく、私の住んでいる街にも徒歩10分圏内薬局が三軒あった。
薬局の何が懐かしいのかと言えば、セールで出される特売品だ。
たまに覗くと日本でも人気のWELEDAの製品が半額になっていたりとか、
高級そうな保湿クリームも半額だったりとか。
それはセールの時期によくあるというわけでもなく
そのお店の在庫の関係でセール品を出しているようで、
予期せぬ時にうれしい掘り出しものがあった。
セールをやっていなくても、WELEDA製品は日本に比べるとかなり安かったので、
よくカレンデュラの香りがするベビーオイルで
お風呂上がりの息子にベビーマッサージをしてあげていた。
イギリスに来てからは薬局はあるけれど、
そこらじゅうどこにでもあるというわけでもないし、
WELEDA製品もあまり見かけないので、
カレンデュラの香りに包まれながら
お風呂上がりの息子にマッサージという至福の時間もなくなった。
当時2歳だった息子は、お風呂の時間になってもぐずったり、
やっと入れても今度はお風呂から出たがらなかったり、
と面倒な思いをしながらお風呂に入れていたけれど、
お風呂上がりのマッサージの時間は案外楽しい想い出になっている。
最初は私がやってあげていたのだけど、
途中から息子は自分で手にオイルを付けて、
自分の小さな肩やお腹をナデナデしたりしていた。かわいかったな〜。

●TVMが懐かしい。
TVM(Trans Val de Marne)は、パリ郊外Saint Maur(RER A線)からCroix de Berny (RER B線)をつなぐバス路線である。
日常で使っていると別になんてことないどこにでもあるバス路線なのだが、
ケンブリッジに来てバス運賃が高くしかも遅れるという不便さを経験してから、
安くてしかも土日もかなり頻繁に便があるTVMが非常に懐かしく思えた。
TVMがスゴイのは、交通量の多いパリ郊外の大動脈路線でありながら、
その渋滞にはほとんど巻き込まれることがないという道路設計にある。
TVMはバス専用道路を走り、一般車両は入れない。
要はトラムと同じようなシステムなのだけど、専用道路にはレールがないので、
レールを造るコストはかからず、非常時には緊急車両も走れるようになっているのも便利だと思う。
とは言っても夕方には人で混雑することもあって
大型商業施設のBelle EpineやIkeaの近くのバス停から乗ろうとすると、
ベビーカーではもう乗り込めないというときもあった。
それでも平日は10分おきぐらいにバスが来るので、結構便利だったのだ。

●本屋の漫画コーナーが懐かしい。
なぜなら、そこはまるで日本だったから。
それを立ち読みするフランスの若者の姿は、日本で馴染んだ本屋の風景とほとんど変わらない…。
もちろん全部フランス語訳された日本の漫画ばかりで、
私は特に何かを買うわけではないのだがなぜかちょっとそこに足を運ぶだけで安心した。
自分が日本から切り離されている訳ではないのだ、と地球のつながりを感じることができた。
それにしても、日本の漫画の翻訳がフランスでこれほどまでに浸透しているとは住んでみるまで知らなかった。
単行本になった作品に関しては、日本で発売されてからほぼ半年以内にはフランス語版も販売されているという感じ。
私がフランスにいたころは、『バクマン。』の第一巻が本屋さんに平積みになっているのを見かけた。
また、フランスは公共の図書館でも日本の漫画がおいてあって、非常にありがたかった。
フランス語の勉強にもなったし、日本だったらわざわざ自分から選んで読まないだろうな、と思えるような作品も図書館で偶然手に入り、
意外なおもしろさを発見することもあった。
ちなみに私が図書館で借りて読んだ漫画は、
池田理代子『ベルばら』、間瀬元朗『イキガミ』、谷口ジロー『孤独のグルメ』、村上もとか『JIN 』、岩岡ひさえ『土星マンション』、おかざき真里『12ヶ月』、こうの史代『夕凪の街 桜の国』。
もちろん『ドラゴンボール』『ドラえもん』『らんま1/2』『One Piece』などのおなじみの漫画も図書館の棚にちゃんと収まっていた。
日本の公立図書館がいわゆる「子供たちのためになる」漫画だけを選んで、手塚治虫作品や『はだしのゲン』だけをかろうじて貸し出しているのとはわけが違っていた。
ケンブリッジの本屋Waterstoneでも日本の漫画用の棚はあるけれど、
フランスのように若者がその周りで立ち読みしているという風景にはまだ出会ったことがない。(やっぱりみなさんお勉強してるのかなー?)

こうやって懐かしくなるものを思い出すと、やっぱりフランス生活の経験はそれなりに楽しかったんだなぁと実感する。
そして、すべてが日常となっているとそのありがたみを感じないけれど、離れてみると見えてくる大切なものがたくさんある、ということに改めて気がつかされる。

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『共和国、とりあえず異常なし』ここで終了します。

イギリスに来てからの出来事は、
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